『駅近の 商業ビルの 吹き抜けに
やさしく響く 3月9日』
”誰でもどうぞピアノ”でレミオロメンを弾くウルフカットのイケメンと、その横でその様子を微笑みながらスマホに収めるガールフレンドと思しき女性。
ビルの中全体に響き渡る音の源はこれか、と一人答え合わせをしながら二人の横を通り過ぎたとき、こんな詩を詠みたくなりかけたのだった。
エモーショナル。エモいね。これぞ得も言われぬエモ!
・・・っ!!
いや待て・・・。待て・・・!!
よく考えたら今日はまだ3月8日じゃなかったっけ!?
私は取り急ぎポケットからスマホを取り出す。
やっぱりだ。
やはりあのイケメンは詐欺野郎だったぜ。あぶないあぶない。
まったく。ウルフカットにしやがって。
3月8日に『3月9日』を演奏するなんて甘ぇぜっ。
いや、厳しくなんてないね。
じゃあなんですか、あなたはなんですか、12月31日におせち料理を食べるんですか?
建物の中にはまだピアノが響いている。3月9日の演奏が終わったかと思えば、矢継ぎ早に次の曲が始まった。
あ~なんだっけこの曲……。この地平線~輝くのは~。
『君をのせて』か。ラピュタの。
小学校の音楽の時間にやったなぁ~。小さい頃からあの人はピアノ習ってたんだなぁ~。
エモいね。エモいエモい。
まるで「エモエモブログ」だね。
(高校時代に、私がアメーバブログでブログを書いていることを知った友人が私を真似て意気揚々と開設したが、3回目の投稿を最後に音沙汰がなくなった伝説のブログのタイトルである。)
おい!!マテ!!
くそっっ!!
いるんだよいるんだよ。
いるんだよ高校の合唱祭の練習時、半分おちゃらけたような感じで合唱委員のエレピを盗み弾きしたかと思えば、ちゃっかり大地讃頌の冒頭数秒だけ弾いて、注目を集める奴がよぉ!!
実は小学校からやってて、いやでも全然弾けないよ(笑)……じゃねぇんだよ!
全然弾けないなら最初から弾くんじゃねぇよ! ちっっ。
そいつと同じ事やってんぞ。
ウルフカットにしやがって。
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な髪質をもち
みんなから褒められ 苦にもされず
そういうウルフカットが似合うものに
わたしはなりたかった
だんだんとピアノの音が遠ざかっていくと同時に、私は3月9日に『3月9日』を流しやがった中学時代のイケメン放送委員を思い出す。
放送委員って常時でさえちょっと特別感あってかっこいいじゃん。給食のときにいなくなるから。
そんで今日の献立を紹介してくれたりさ。
何十年も前から放送室に置いてあるテンプレの子犬のワルツだけ流すんじゃなくて、旬の話題曲をTSUTAYAで借りてきて全校生徒に聴かせてくれたりさ。
まぁ一種のDJだよね。日本国民は、実は知らず知らずのうちにDJに湧かされた経験があるんだってこと。放送委員がそんな自由じゃなかった学校出身の方はごめん。
中学3年の卒業間近の3月9日、お昼の放送でこの曲がかかったとき、まさに学校中が湧いた。あのいつも皮肉ぶってる中年の数学教師でさえ。
中学卒業程度の人間にとってはまだまだレアイベントの「粋な計らい」だ。
クラスのみんなが「憎いね~」とニヤつきながらも、心の中ではきっとあと数えるほどしかない給食を名残惜しく感じて目頭を熱くさせたであろう。
あのイケメンは全校集会で表彰されるべきだったわ。やっぱり3月9日を流すのは当日でなくちゃ。
でも3月9日に学校の放送で『3月9日』を流すのって多分そんなに珍しいことでもなくて、日本中の放送委員にはそういうイケメンがたくさんいると思う。
確かに珍しくはないのかもしれない。
ただ絶対に各々にとって”特別”な体験であることに変わりはない。
明日もきっと多くの学校で『3月9日』と”涙”が流れるだろうよ……。
エモい! It's エモーショナル! 得も言われぬエモ!
この記事は「エモエモブログ~最後の投稿から時は流れた~」に捧げます。